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論説 春分の日 敬神と崇祖の大切さを

平成29年03月20日付 2面

 春分の日を迎へ、春の気配が満ち桜開花の便りも聞かれる中、彼岸にあたっての墓参りがおこなはれてゐる。それぞれの地方に応じた伝統に倣って墓地で儀礼を執りおこなひ、またそれが親戚縁者などの再会する機会ともなってゐるやうだ。祖先を祀るかうした行事はわが国において伝へられてきた民族的行事であり、先に神社本庁がおこなった「神社に関する意識調査」でも、「あなたの家庭で行っている年中行事」といふ設問において、「初詣・お正月行事」に続いて「お盆・お彼岸」が二番目に多くの割合を占めてゐる。
 しかし現状を見ると、墓の維持が困難になるとの理由などから、「墓じまひ」といった行為がおこなはれてゐることも聞かれる。永代供養を請け負った合葬墓への改葬や散骨などを勧める事例もあるやうで、果たしてかうしたことがわが国の伝統・文化に即した相応しい行為であるのかどうかは今後の論議を俟つこととならう。



 神社を中心とした営みは、もちろん神代から続く祭祀を継承していくものであるが、鎮守社であれば地域集団の結び付きの中で祭祀が執りおこなはれ、また職能神であれば同業者の中での祭祀があるなど、それぞれ奉斎される神々に対する畏敬の念を持つ人々によって受け継がれていく。すなはち、極論すれば現在の横の繋がりを中心として神と結び付く営みといふことになる。
 一方、祖先を祀る営みは現在は仏教的な行事として認識されるものであっても、祖先神に続く「みおや」の祭りである。もちろん一族といふ横の繋がりを含めた祭祀ではあるが、なにより時間的な継続性を持った縦の繋がりに特徴があると位置付けることができる。
 「敬神崇祖」は、このやうに今を生きる人々を横の関係性の中で結び付ける概念と、祖先との縦の関係性を結ぶ信仰とが合はさったものであり、いはゆる一神教に見られるやうな神と個人との契約に基づく信仰とは、自づと違ったものであることを確認したい。



 では、「墓じまひ」といふ行為を「崇祖」の念から考へるとどうなるであらうか。墓が祖霊祭祀を執りおこなふ場であることは言ふまでもなく、後継者が代々その任、すなはち管理ならびに祭祀の執行を受け継いできた。しかしながら、現状では少子化が進み祭祀の後継者がゐないこと、また故郷を離れて生活することで墓の管理が疎かになることなどが問題となってゐる。それゆゑ縁ある者がより手厚く確実に祭祀を執りおこなふため、身近な場所で祭祀の永続性を図るといふことであれば、「墓じまひ」もある意味では已む無き選択として許容することができるだらう。
 しかし、さうした祭祀の永続性を図るためではなく、その断絶を目的とした「墓じまひ」であれば決して認めることはできない。もとよりさまざまな事情はあるのだらうが、我々が抱いてきた「崇祖」の念、すなはち「みおや」の恩に感謝し崇め祀ることの大切さに鑑みれば、遠くかけ離れた行為といへるからだ。



 春の彼岸の中日にあたる「春分の日」に際し、先祖に対する祭祀のあり方をもう一度考へ直すとともに、神社界において「崇祖」の念の涵養といふことが果たして充分におこなはれてゐるのかも確認してほしい。教化活動において、「敬神」の念の醸成は当然のことととして強調されてをり、また公的祭祀すなはち国家公共性を伴ふ神社祭祀の大切さなども同様に説かれてきた。しかしながら、このやうな信仰は先に述べたやうに横の繋がりを深めつつ、神との関係性を結ぶものである。この敬神の念に、時間的な縦の繋がりをも重視する崇祖の念が重なることで、より日本古来の信仰に近づくのであらうし、斯界としては、さうした「敬神崇祖」といふ信仰を大切にしてきた。もしも「敬神」の念のみに傾き、「崇祖」の念が軽んじられるやうなことがあれば、昨今の「墓じまひ」が祖霊祭祀廃絶の一つのきっかけとなってしまふかも知れない。
 春秋の彼岸に各所でおこなはれてゐる墓参り、またお盆に里帰りして先祖の霊に手を合はせる姿、かうした行為の重要性を声を大にして呼びかけ続け、加へて祭祀継承のあり方を再考しながら、「墓じまひ」の持つ意味を神社人としていかに認識するのかを検討していきたい。
平成二十九年三月二十日

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