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論説 敬神功労章 真摯な信仰の継承のために

平成29年11月13日付 2面

 本紙前号に掲載の通り、去る十月二十七日に神社本庁大講堂で秋の敬神功労章授与式が執りおこなはれ、平素から神社の護持運営等に尽力してゐる全国各地の役員・総代など三十八人が表彰の栄に浴した。
 敬神功労章は、神宮及び神社の役員・総代その他の氏子崇敬者で、とくに功績顕著な者に対して、その功績を顕彰して統理が授与するもの。当該神社からの申請に基づき、敬神功労章授与選考委員会の審査を経て授与が決定し、春と秋の年二回、授与式が執りおこなはれてゐる。まづ以て、永年に亙り役員・総代などを務め、神社の護持運営や神徳宣揚、氏子崇敬者の教化等にも多大な貢献をしてきた受章者に深く敬意を表したい。


 今回を含め、これまでの本紙の敬神功労章授与式の記事を見ると、短いながら受章者のコメントなども紹介されてゐる。「できる範囲で神社のお手伝ひをさせていただいてゐるだけ……」「神社のために氏子の皆さんと協力して御奉仕をしてゐるが、特別なことは何もしてゐない……」「何か特別なことをしてきたといふ思ひはない。日々の神明奉仕が心の平安に繫がり、そのことが人生の糧ともなってゐる」――さうした言葉からは、自分にできることを、当たり前のこととして淡々と続けてきた一人一人の姿が窺へ、自然と頭の下がる思ひがする。それは素朴かつ真摯な信仰に基づく敬神生活の一つの理想的なあり方といへよう。私利私慾や刹那主義・快楽主義などとは無縁に、それぞれの生業に勤しみ励みつつ、日々の営みのなかに自然と神々が意識されてゐるやうな生き方は、「敬神功労章授与規程」にも「氏子崇敬者の範として功労多大」とあるやうに、広く亀鑑とすべきといへるであらう。
 神職にとって、そのやうな役員・総代、氏子崇敬者の存在は極めて心強く、またさうした姿は、それぞれの神明奉仕においても模範とすべき部分があるのではなからうか。決して派手ではなく、広く注目を集めるやうなことはなくても、折々の祭祀を一所懸命、ひたすらに奉仕する姿勢こそ大切であり、さういった神職の背中が氏子崇敬者を教化・感化し、いづれは将来の敬神功労章受章者を育てることにも繫がるのではないだらうか。


 近年は、少子高齢化や過疎化の進行など社会環境の変化により、神社の護持運営はますます厳しいものとなってゐる。神社本庁でも過疎地域における神社の活性化、さらには不活動宗教法人となってゐる神社の解消などに向けて、施策を検討・推進してゐるところである。このうち不活動神社については、代表役員・責任役員の欠員など法人運営上の問題の一方で、例へば地域において永年に亙って守り伝へられてきた信仰が今も残る場合には、それを途絶えさせることなく如何に継承していくのかといふことも重要であらう。
 敬神功労章の受章者の活動は、社殿造営など境内整備への尽力をはじめ、神事芸能などを含む祭礼行事の継承・保存、神宮大麻・暦の頒布や青少年の健全育成等々多岐に亙り、なかには日々の清掃や例祭準備などを含め、「宮守」として永年に亙り奉仕してきた受章者の事例なども見られる。昨今の神社をめぐる状況に鑑みれば、さうした「宮守」などとして神職が常駐しない兼務社等で日々の奉仕に努めてゐるやうな氏子の存在にも、もっと光が当てられても良いのではなからうか。


 もとより、敬神功労章によって表彰を受ける機会があるのは、全国各地の神社で日々奉仕する役員・総代・氏子崇敬者のうちでも、極めてわづかな人数に過ぎないだらう。申請のためには少なからず経費と手間とがかかり、とくに兼務社などの場合には、なかなか難しい現実もあるだらうが、かうした表彰制度のさらなる周知と活用を切に願ふものである。
 表彰といふ行為は、対象者を讚へることを通じて、表彰する側が理想とする価値判断を示すものともならう。ごく当たり前のこととして伝へられてきた神々への素朴で真摯な崇敬の形を末永く将来に亙って継承していくためにも、さうした信仰を背景とする神社の護持運営への掛け替へのない尽力の一つ一つについて、今後も少しでも多く拾ひ上げ、より積極的に評価・顕彰していきたい。
平成二十九年十一月十三日

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