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論説 各地で豪雨被害 古来の信仰・自然観の啓発を

令和3年07月19日付 2面

 梅雨前線が西日本から東日本にかけて広く停滞した影響などにより、列島各地で大雨による被害が生じてゐる。
 東海地方や関東地方南部では七月一日から三日にかけて記録的な大雨となり、三日午前には静岡県熱海市で大規模な土石流が発生した。土石流は百棟を超える家屋を押し流しながら海岸にまで至り、多数の尊い命が失はれてゐる。断続的に降り続く雨により二次災害への懸念もあるなか、行方不明者の捜索やライフラインの復旧は難航。その後も中国地方や九州南部などで大雨に見舞はれてをり、しばらくは予断を許さない状況が続きさうだ。
 ここ数年は、昨年の「令和二年七月豪雨」、一昨年の「平成三十年七月豪雨」(西日本豪雨)、さらにはその前年の「平成二十九年七月九州北部豪雨」など、梅雨末期にあたる七月初旬の時期を中心に豪雨被害が相次いでゐる。慎んで犠牲者に哀悼の意を表し、被災者にお見舞ひを申し上げるとともに、今後、地盤の緩みなどによる被害の拡大がないやう祈念したい。

 熱海市での土石流による被害については、土地開発にともなふ盛り土や森林伐採が問題視されてゐるほか、災害時に自治体から発表される避難情報の変更の周知徹底など、さまざまな影響・課題が報じられてゐる。二度と同じ過ちを繰り返さないためにも、徹底した原因究明に基づく防災対策の再確認が求められることはいふまでもない。
 わが国における相次ぐ豪雨被害に限らず、近年は世界各地で異常気象ともいへる状況が生じてをり、地球温暖化などによる気候変動の影響も指摘されてゐる。これまで人類が文明社会を築いてきた過程においては、時に厳しい自然環境のなかで、それをいかに克服・支配するのかを目指すやうな向きもあった。さうした歴史を含め、これまでの環境破壊などへの反省から、昨今は自然環境などにも配慮した循環型社会、持続可能な社会の構築なども目標とされるやうになってゐる。
 もとより、どんなに文明・科学が進歩しても自然の脅威から完全に逃れることは容易でなく、人為的な影響をともなふ場合などを含め、自然災害による被害はなかなかなくならない。
 自然といかに向き合っていくべきなのか、環境や防災といった観点から考へを深めていく必要もあらう。

 古来わが国では、人智を超えた自然の働きに神々の存在を認めてきた。先人たちはさうしたなかで、神々の恩恵に感謝を捧げ、畏怖の念も抱きつつ、自然と共生するなかで生活を営んできたのである。平成二十三年の東日本大震災においては、さうした神々への畏怖の念について、現代を生きる我々がややもすれば忘れがちではなかったかとの指摘も聞かれた。例年のやうに大規模な自然災害が相次ぐ今こそ、先人たちが大切にしてきた神々への信仰を見直したい。
 また神社は鎮座以来の長い歴史のなかで、津波や河川の氾濫、地震などの自然災害をたびたび経験しながら、これまで大切に守り伝へられてきた。さうしたことから神社の鎮座地は災害による影響の少ない安心・安全な場とも認識され、災害時に避難所としての機能を果たしてきたやうな事例もある。地球温暖化による自然環境の変化が、異常気象などこれまで想定しなかったやうな事態を招くことがあるとすれば、今後はさうしたことを踏まへつつ、災害対策としてより万全の備へを講じていくことも求められるのではなからうか。

 各地で大雨が続くなか、昨年の「令和二年七月豪雨」で甚大な被害のあった熊本県では七月二日、県神社庁庁舎の神殿で復興祈願祭が執りおこなはれ、神々への真摯な祈りが捧げられてゐる。神社においては、日々地域社会の安寧を祈るとともに、災害発生に際しては犠牲者の御霊の安らかならんことを願って哀悼の念を捧げ、さらに被災者に寄り添ひながら早期復興に向けた祈念を重ねることが重要であらう。
 沖縄・九州や中国地方などから梅雨明けの報も届き始めてをり、間もなく夏本番を迎へる。先人たちは、さうした季節の移り変はりを感じつつ、自然と共生するなかで、神々に対して感謝と畏敬の念を抱きながら生活を営んできた。そのやうな古来の信仰や自然観について、神社から広く発信していくやうなことも心掛けたい。
令和三年七月十九日

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