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杜に想ふ 書の文化 神崎宣武

令和6年11月25日付 5面

 知人の髙木聖雨(本名、髙木茂行)さんが、文化功労者に選ばれた。書道家であり、中国の古代文字を素材にして理知的な作風を創った、と評価されてゐる。
 聖雨さんは、岡山県総社市の出身。私の郷里(井原市美星町)とも近い。年齢は七十五歳で私よりお若いが、話が通じやすいのは、同郷のよしみもあってのことだらうか。
 聖雨さんの御尊父も書道家で、髙木聖鶴さん(大正十二年〈一九二三〉~平成二十九年〈二〇一七〉)。文化勲章を受章されてゐる。
 私は、聖雨さんにお目にかかる前から御尊父を存じあげてをり、国民文化祭(平成二十三年〈二〇一一〉)などを通じておつきあひもあった。じつに穏やかで、分け隔てのない人格者であった。
 「筆を持っての精神一到など要りません。ふだんの素直さや勤勉さがあれば、筆も生きてくるでせう」
 その言葉を忘れることができない。しかし、筆を持つと、構へてしまふことにもなる。とくに昨今は、筆を使ふ機会が少ないので、さうなりがちでもあらうか。
 私たち神職とてさうであらう。神札を手書きでつくる機会が後退してゐるのではあるまいか。かくいふ私も、さうである。参拝の各位に授与する神札は、印刷業者に頼むことはしないが、コピー印刷した紙に御神符を入れ水引を掛けるやうになってゐるのだ。
 祖父の代までは、すべて手書きであった。祖父は、夏場以外は、その日のうちに寝床につくことは、ほとんどなかった。その祖父が、次のことは守るやうに言ひ残してゐる。
 「当番(当屋)に行ったら、神前に奉る木札や奉書札は、当番で用意されてゐる筆で書くやうに」と。
 それだけは、現在でもできるだけ守るやうにしてゐるのだ。その周りでは、当番組の面々がそれぞれの準備作業で動いてもゐる。そして、その視線もある。たしかに、精神一到などと構へる余裕もないのである。
 それは特殊な事例だ、といはれればそれまでだ。しかし、たとへば、おもむろに色紙を出されたら、どうするか。サインだけですますわけにもいくまい。さうした機会の多い立場にある人は、それなりの習字訓練もなさるべきではあるまいか。
 このことは、十年ばかり前にも書いたことがある。
 かつては、たとへば代議士ともなると、支持者に依頼されて扁額や色紙に揮毫をしてゐたものである。それが残されてゐる家もある。そのなかには、枯れた味はひの作品もあるのだ。これは、文化である。
 いま一度、筆文字にたち戻ってみよう。まづは筆ペンでもよからう。とくに、子供たちに伝へていきたい。
 さういへば、髙木聖鶴さんは、子供相手の習字教室を開かれてゐた。「文化の日」を迎へて、あらためて思ひだしたことである。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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