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杜に想ふ 信仰をつなぐ 神崎宣武

令和7年01月27日付 5面

 昨年末のことだが、鳥取県神道青年会の創立六十周年記念式典に参加した(十二月八日、於米子市)。
 盛会であった。若手神職の人たちが、価値観が多様化した現代において、いかに神道の理念を説き伝へていくかに取り組まうとする熱意が十分に感じられた。
 プログラムの表紙には、「つなぐ」といふ言葉が記されてゐた。そのつなぐ取組みのなかで、私がいちばん注目したのは、実行委員会が編じた「大山山頂奉告祭」といふ映像。それは、六十周年の記念行事として大山山頂に登っての神事の記録であった。
 五月二十六日にメンバー十六人が大神山神社に参拝した後、約五キロの山道を登った。それぞれが相当量の荷物を背負ひ汗だくの道中は、三時間もかかった。
 幸ひに、山頂は好天気で、見通しもよかった。そこに、簡単ながらも神座を設け、浄衣を着けた四人が神事を執りおこなった。
 奇をてらったパフォーマンスではない。そこに至る周到な準備があればこそのことだった。そのことは、その過程ごとに賛同者がでた、といふことでもわかる。そして、当日は、大勢の一般登山者が帽子を脱いで神事に列してもゐた。脱帽を強ひたわけではあるまいに、と、私はいたく感動したのである。
 ただ、私にとって一つ残念だったことは、それが懇親会の席で上映されたことだ。この記録映像を事前に知ってゐたら、私の記念講演も違った筋立てになってゐただらうに。
 この大山山頂における神事は、古代の自然信仰にさかのぼって歴史をしかと「つなぐ」ものであっただらう。
 日本列島は、ただの島々ではない。山島列島である。その山々は、とくに西日本では常緑樹で覆はれてゐる。『出雲国風土記』(天平五=七三三年完成)には「嶺に杜があり」と記されてをり、その杜が社となる、と暗示してゐるのだ。事実、その後も富士山に代表される神体山とそれを拝しての神社が数多く伝はってゐる。伯耆大山も中国地方では最高峰(一七二九メートル)の神体山である。そして、その鎮霊聖地として大神山神社と角磐山大山寺がある。ここでは、アニミズムと神仏習合の歴史を伝へてゐるのである。
 日本は、世界でも稀な信仰史を伝へる国である。アニミズムまでさかのぼれば、世界の諸民族が共有してゐただらう。それが、教祖と教義を尊ぶ宗教の擡頭とともに後退もした。そして、宗教間の対立もしばしば生じることになった。日本では、あくまでも土着の信仰が尊ばれ、他ともほとんど対立をすることがなかったのである。「神さま仏さま御先祖さま」とする信仰が、現代にも伝はる。もちろん、それで神道を軽んずることにはならない。このことを、私たちは、幸せな歴史としてよいのではあるまいか。
 このたびの、かうした機会に参加できたことにも、あらためて感謝したい。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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