文字サイズ 大小

論説 記録作成の取組みを通じて 祭礼行事の継承

令和7年02月03日付 2面

 かねてより各地の神社に伝はる祭礼行事の継承が課題となってゐる。
 少子高齢化や過疎化により、その担ひ手が減少。また昨今は、新型コロナウイルス感染症の蔓延により中止・延期や規模縮小などを余儀なくされ、疫禍収束後も従前通りに戻すことが困難との声も聞かれる。さらに例年のやうに各地で相次ぐ自然災害が、その継承を担ふ基盤である地域社会を衰頽させてきた。
 神社本庁においても、祭礼行事の継承・振興を通じた神社及び地域社会の活性化などに取り組んできたが、改めてこれからの祭礼行事における継承の方途について考へたい。


 本紙前号の齊藤壽胤氏による論攷で紹介されてゐたやうに、秋田県神社庁では平成二十五年から五年ほどをかけて「秋田県神社祭祀祭礼保存研究調査」を実施した。
 この調査は、東日本大震災が未曽有の被害を齎したことや昨今の急速な社会変化などにより、今後、祭祀祭礼が消滅してしまふのではないかといふ危機感が背景にある。祭祀祭礼の継承に向けて、その意義や本質を伝へるための記録・保存に取り組むとともに、積極的な活用を図ることなどを趣旨とする。県内の祭礼行事などから対象を選定した上で、詳細な映像(動画)記録と基本事項を記した調査票を作成し、その七十件のデータを神社庁備付けの大容量記録媒体に保管したといふ。
 各地に伝はる祭礼行事については、無形の民俗文化財などとして国や自治体においても保存・継承の取組みが進められてゐる。とくに無形の民俗文化財は、無形であるといふ性質から映像による記録が有効とされ、その作成手引書なども示されてきた。ただ国や自治体による記録の場合は当該の祭礼行事が文化財として指定や登録を受けてゐることが前提となるため、対象は自づと限定されよう。
 秋田県神社庁の調査を参考に、また国や自治体の取組みなども勘案しつつ、斯界における今後の祭礼行事の継承に向けた方途の一つとして、映像による記録作成の可能性についても検討していきたいものである。


 映像は祭礼行事を記録する上で多くの利点があるものの、決して万能なわけではない。昨今はさまざまな分野において映像記録のデジタルデータによる保存・管理・活用が進められてゐるが、「デジタルジレンマ」といふ言葉に象徴されるやうに、記録媒体更新の費用が嵩むことや将来的な保存の不確実性などといった課題も存在する。
 また、確かに祭礼行事の所作・作法など文字資料や写真ではわかりにくい場合でも、映像記録を見れば容易に理解できるといふこともある。しかし一方で映像だけでは伝はらないことも存在するため、秋田県神社庁における調査のやうに聞き取りや観察等に基づき基本事項を記した調査票を作成することが欠かせない。齊藤氏も祭礼行事が祈りや信仰を背景とすることに言及してゐるが、さうした神事との関はりにともなふ精神的な側面など、映像記録だけでは把握できない部分こそ重要ともいへる。
 祭礼行事の映像記録を作成する上では、神事としての視点や配慮をはじめ、何をどのやうに記録するのか慎重な価値判断が求められよう。斯界においては、国や自治体による保存・継承の取組みでは漏れがちな部分をいかに記録していくのかといふことにも留意が必要なのではなからうか。


 近年のインターネットや多機能携帯電話(スマートフォン)の著しい普及は、映像記録の作成やそのデータの保存・管理などを簡便なものとした。ただ、担ひ手が不足し継承が危ぶまれるやうな祭礼行事については、当事者のみで記録を作成することは困難であらう。
 さうした現状において、情報化社会のなかで育った今の若手神職にこそ、祭礼行事の継承のための取組みを期待したい。その取組みは、単に記録の作成といふことだけでなく、祭礼行事を続けてきた先人たちの祈り、信仰、その精神を顧みる貴重な機会ともなるはずである。祭礼行事を記録するといふ取組みが、その意義の再確認に繋がり、当初の目的である次代への確実な継承はもとより、さらなる振興や地域の活性化などにも結びついていくことを切に望むものである。
令和七年二月三日

オピニオン 一覧

>>> カテゴリー記事一覧