論説
建国記念の日 「紀元節」奉祝の意識醸成を
令和7年02月24日付
2面
今号掲載の通り、今年も「建国をしのび、国を愛する心を養う」二月十一日の「建国記念の日」を迎へた。
この日、天皇陛下には宮中三殿に出御せられ、御拝礼遊ばされてゐる。また初代・神武天皇を奉斎する奈良・橿原神宮には勅使を御差遣。同神宮では、陛下からの幣帛を神前に奉り紀元祭が斎行された。
さらに全国各地の神社でも紀元祭が斎行されてゐるほか、神社関係者などによって、さまざまな奉祝行事等が執りおこなはれてゐる。神武天皇による建国の鴻業を仰ぎつつ、改めて皇運の隆昌と国威の発展とを祈念したい。
○ 都内では、神社本庁も参画する「日本の建国を祝う会」により奉祝中央式典が挙行された。主催者挨拶では大原康男会長が、橿原の宮における神武天皇の御即位、「諸事神武創業ノ始ニ原ツキ」と維新の理念を謳った慶応三年の王政復古の大号令、明治六年の「紀元節」制定などを回顧。さらに占領下での祝祭日改変にともなふ「紀元節」の廃止、主権恢復後の紀元節復活運動、その成果としての昭和四十一年の「国民の祝日に関する法律」改正による「建国記念の日」としての復活などを振り返り、「先人の御苦労に思ひを致し、改めて衷心より敬意と感謝の意を表したい」と語った。
また駐日外交団を代表して祝辞を述べたクロアチア共和国のドラジェン・フラスティッチ特命全権大使は、伝統的価値観が現代的な生活様式や最新の技術と特別な形で絡み合ふわが国の姿を評価。伝統的な価値観を守りながら積極的に国際社会にも関与し、世界をリードする経済大国の一つとして継続的に発展することを祈る旨を述べるなど、「伝統的な価値観」への言及がとくに印象に残った。
わが国においては戦後、大原会長が指摘した「紀元節」の廃止に象徴されるやうに、敗戦といふ負の体験を背景に伝統的な価値観を軽んじるやうな傾向が見られ、それが現在まで続いてゐる部分もあるのではなからうか。駐日大使の言葉をよすがに、維新と復古との兼ね合ひのなかで成し遂げられた明治維新、近代化(西欧化)の過程における「和魂洋才」といふ意識などを含め、伝統的な価値観の尊重について改めて考へたいものである。
○ 奉祝中央式典において大原会長は、「我々が開催を熱望してきた政府主催による式典は未だおこなはれてをらず、国との関係ではいささか冷ややかに扱はれてきた」「政府自らこの日の奉祝式典を可及的速やかに実現されますやう、改めてお願ひしたい」と強調。また決議として「神武建国の理想が若い世代にも正しく受け継がれるよう、あらためて政府主催による奉祝行事の挙行を強く求める」ことが採択されてゐるやうに、国を挙げての式典・行事の開催が望まれる。
かつて自由民主党は選挙公約に、政府主催で「建国記念の日」を祝ふ式典を開催することを明記。また奉祝中央式典に出席した自民党議員が、「政府主催の奉祝式典を実施する、その環境づくりを進めていく」「建国記念の日の式典のあり方を含め議論を進める」などと発言したこともあった。しかしながら近年はさうしたことへの言及さへなく、それは残念ながら今年も同様だった。
その一方で、平成二十六年には当時の安倍晋三首相が「建国記念の日」を迎へるにあたってメッセージを公表。内閣官房長官だった菅義偉氏は、安倍首相の「強い思ひ」に基づくものであることを説明した。このメッセージ公表は、後継となった菅氏、岸田文雄前首相、そして現在の石破茂首相にまで受け継がれてゐる。政府のさらなる決断を後押しする意味でも、国を挙げての「建国記念の日」の奉祝について広範な国民意識の醸成に努めたい。
○ 今年は終戦から八十周年の節目を迎へる。占領下における祝祭日改変にともなふ「紀元節」の廃止はもとより、主権恢復後の紀元節復活運動や「建国記念の日」としての復活を直接に知る世代は次第に少なくなってきた。
さうしたなか本紙でも例年報じられてゐるやうに、全国各地で「建国記念の日」の祭典・行事が熱心に続けられてゐることは心強い。かうした地道な活動を継続しながら、政府主催による「建国記念の日」の式典・行事の開催を今後とも粘り強く訴へていきたいものである。
令和七年二月二十四日
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