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杜に想ふ 氷と春 植戸万典

令和7年03月31日付 5面

 ウヰスキーはおほむねオン・ザ・ロックで嗜む派だ。爽快にハイボールで、といふ日も良いが、とけてゆく氷とともに変化する酒をじっくり楽しみたい。
 氷がとけたら、何になる? よく語られた小話だから、どこかで聞いたことがあるかもしれない。雪がとけたら、のヴァージョンで知る人もゐるのでは。
 氷がとけたら、「春」になる。
 理科的に個体から液体へといふ状態変化で答へたくなるところ、別の角度からの詩的な表現に感化された向きも多からう。それこそバーで語りたくなる。
 冷凍設備などない時代、氷とは気温上昇とともに消えゆくものだった。『日本書紀』の仁德紀六十二年条に、額田大中彦皇子が猟の最中に氷室を見つけ、天皇に氷を献上したとある。それは当地では夏に水や酒に浸される氷だった。以後、冬に氷を貯め、春分に配るやうになったさうだ。
 平安時代になると年中行事としてさうした氷が現れる。元日節会では諸司からの奏上のひとつに氷様奏があった。厚い氷は豊年の徴として、氷室ごとに氷の量と厚さが奏されてゐた。さうして蓄へられた氷は、初夏の頃に御所へと貢進される。
 御所の氷は飲食のほか、真夏に醸す醴酒を冷やすのにも用ゐられたことが『延喜式』の主水司式に知られる。古代でも冷やした酒を楽しんでゐたやうだ。
 主水司が毎年はじめて氷を奉ってゐたのが四月一日だ。朝廷の管理する氷室の氷を貢進するのは、冬の雪がとけ、春の花散る三月の鎮花祭も終はった頃。
 春には、「氷」がとけるのだ。
 最近の大学は新入生オリエンテーションの一環として「アイスブレイク」といふ行事をこの時期しばしば催す。氷菓を食べつつ休憩すること、ではない。
 アイスブレイクとは、まさしく氷をとかすの意。自己紹介をはじめグループでの運動やゲーム、共同作業などを通じて初対面同士の緊張をほぐし、スムーズに新たな大学生活へ溶けこませようといふもの。高校の頃までの交友関係から離れた学生が孤立しないやうにといふ配慮もあらう。
 それは大学生ばかりが必要といふものでもない。ビジネスにおける人間関係や堅苦しい会議にも有効だとされる。あるいは国家間の政治の場――、例へば大統領同士の会談でもさうだらう。互ひのわだかまりをといて話し合ひの好環境を作る。
 北の国のタカ派から齎されたわだかまりもいつとけるのか。少なくとも大学生よりかは遠さうだ。ちなみに新大学生に聞くと、大学によってアイスブレイク参加は抽籤制なのだとか。そんなことってあるのか? 彼らには昔ながらの新歓コンパやバイト先での交流で氷をとかし、新生活の春を楽しんでほしい。
(ライター・史学徒)

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