文字サイズ 大小

論説 靖國神社春季例大祭 父祖たる先人の足蹟を顧み

令和7年04月21日付 2面

 東京・九段の靖國神社では四月二十一日から二十三日まで三日間の日程で、恒例の春季例大祭が斎行される。
 靖國神社は明治二年六月二十九日、明治天皇の思召しにより招魂社として創建され、同十二年には靖國神社に改称、別格官幣社に列せられた。今年が終結八十年の節目にあたる大東亜戦争に限らず、幕末の嘉永六年以降、戊辰戦争や西南の役といった内戦、その後の日清・日露の対外戦争や満洲事変・支那事変を含め、国事殉難の英霊二百四十六万六千余柱の御霊を奉斎。わが国における戦歿者慰霊の中心的施設であることはいまさらいふまでもない。
 大東亜戦争終結八十年といふ節目の年の春季例大祭を控へ、改めて英霊の慰霊、そして顕彰の継承に向けて決意を新たにしたいものである。


 この節目にあたり靖國神社では、「慰霊と平和への祈り、そして未来へ」と銘打って広く一般の参拝を勧奨。英霊の御事績を今に伝へる史資料を展示してきた境内の遊就館においては、展示品解説文の平易化や展示環境の改善などの改修をおこなひ、現在は特別展「終戦八十年戦跡写真展~今も残る英霊の足蹟~」を開催してゐる。
 昨年四月一日付を以て、その靖國神社の第十四代宮司に就任した大塚海夫氏はこれまでをりに触れて、終戦から八十年の歳月が経過するなかで戦後生まれの人口が国民の九割を占めるまでになり、英霊を直接知る遺族・戦友が極めて少数となってゐることを指摘。さうした世代交代のなかで、特定の祭神への「思慕」に基づく参拝から、英霊への尊崇といふ「理念」に基づく参拝へと参拝者の属性の変化が進んでゐるとの考へを示し、靖國神社の由緒などを正しく伝へ、神社への理解をより深めてもらふために、不断の努力が求められることを強調してゐる。
 近年、若者や外国人の来館者が多いといふ遊就館。このたびの展示品解説文の平易化や展示環境の改善などにも、かうした大塚宮司の思ひが反映されてゐるのだらう。若者をはじめ多くの人々が靖國神社に参拝し、また改修を終へた遊就館を訪れることを切に願ふものである。


 神社本庁では大東亜戦争終結八十年にあたり、すでに靖國神社・護国神社への参拝勧奨について各神社庁に通知。啓発冊子として「祖国を愛した想いの先に」と、『IREI,the Spirituality of the Japanese 慰霊、日本人の精神性』改訂版を発行して広く活用を呼びかけてゐる。また神道政治連盟では三月八日、沖縄県護国神社において「終戦八十年全国戦歿者慰霊祭」を斎行してをり、さらに全國護國神社會では神社本庁の協力を得つつ昨年から参拝勧奨のポスターを作製・配布してゐる。
 本紙においても全國護國神社會の協力のもと、「わが社の御祭神~勲功・遺徳を次世代へ~」と題する連載を実施。戦後生まれの国民が個別具体的な英霊の人生を知ることにより、慰霊・顕彰の継承に繋がればとの思ひをこめたもので、書籍化も計画されてゐるといふ。このほか指定団体・関係団体などでも大東亜戦争終結八十年を踏まへたさまざまな取組みが検討されてをり、英霊の慰霊・顕彰の継承に向けて斯界を挙げた積極的な活動展開に期待したい。


 八十年の節目の終戦記念日まであと四カ月。その八月十五日が近づくにつれて、今年は例年以上にテレビや新聞などのマスコミによる報道、書籍・雑誌などを通じ、ややもすれば歴史の一部を単純に切り取ったやうな内容を含め、大東亜戦争に関するさまざまな情報が飛び交ふこととならう。
 昨今はロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルとハマスの戦闘、北朝鮮による相次ぐミサイル発射、海洋覇権を目指す中国の存在など、武力を背景とする国際社会の厳しい現実をまざまざと見せつけられてきた。戦後八十年間、わが国は平和を享受してきたが、明治維新以降の近代の歴史を顧みれば、欧米列強を中心とする植民地主義・帝国主義といふ国際環境の大きな流れのなかで、常に困難な舵取りを迫られてきたのではなからうか。
 現代を生きる若者たちが戦後の極端なイデオロギーなどとは無縁に、わが国の戦前の歴史、靖國神社の英霊をはじめ父祖たる先人たちの歩みについて理解を深められるやう、斯界としても尽力していきたいものである。
令和七年四月二十一日

オピニオン 一覧

>>> カテゴリー記事一覧