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論説 聖上お種播き 斎庭の稲穂の神勅に思ひを

令和7年04月28日付 2面

 天皇陛下には四月十五日、皇居内にある生物学研究所脇の苗代で、種籾のお手播きに臨ませられた。
 今後、お田植ゑなどを経て秋にはお稲刈りをおこなはれ、収穫された稲穂は例年、十月に伊勢の神宮で斎行される神嘗祭に根付きのまま奉られ、また十一月に宮中神嘉殿で斎行される新嘗祭においても奉られてゐる。
 三大神勅の一つ「斎庭の稲穂の神勅」として『日本書紀』に記されるやうに、神話にまで遡るわが国の稲作。陛下による御播種にあたり、今年も全国各地で豊かな稔りが得られることを祈念するとともに、その稲作が祭祀とともに現在まで連綿と続けられてきたことの尊さを改めて考へたい。


 この稲作、米をめぐり、昨夏以降には「令和の米騒動」といはれる米不足が話題となった。秋の新米流通後、次第に品薄感は解消されたものの、現在まで米価の高騰が続いてゐる。農林水産省によれば、三月三十一日から四月六日までの一週間におけるスーパーでの米の平均価格は四千二百十四円(五㌔)で、前年同期の二千六十八円に比べて二倍以上となるなど、極めて異常な事態といへる。
 かうした状況については、一部業者による投機目的の買ひ占めや売り惜しみ、さうした流通停滞への不安に基づく在庫確保の動きをはじめ、さまざまな原因・理由が挙げられてゐる。政府においては従前の運用ルールを見直して備蓄米の放出に踏み切り、さらに今夏まで毎月継続することを表明。ただ放出量や入札価格などの課題も指摘されてをり、具体的な効果が広く実感されるまでにはまだしばらく時間がかかりさうだ。
 かねて米の消費量が減少するなか、価格高騰の長期化は「米ばなれ」をいよいよ加速させるものとして懸念される。実際、小・中学校の給食について、予算の関係から「ごはん食」の回数を減らして「パン食」の回数を増やすことを決めた自治体もあるといふ。もちろん米価高騰にはさまざまな背景があり、その解決はなかなか容易ではないのだらうが、「米ばなれ」の加速を抑止する意味でも早期の改善を期待するものである。


 さうしたなかで政府は四月十一日、昨年の「食料・農業・農村基本法」改正後としては初めてとなる「食料・農業・農村基本計画」を閣議決定した。
 閣議決定にあたり江藤拓農林水産大臣は、「日本の農政は大転換が求められている、との自覚を持ち、生産基盤の強化、食料自給率・食料自給力の向上を通じ、食料安全保障を確保し、様々な環境の変化に対応するため、これまでの殻を破る大胆な政策転換」をおこなふことを強調。新たな基本計画においては、「水田政策の見直しの方向性を示し、その上で、生産性向上、付加価値向上や輸出の促進により農業経営の収益力を高め、農業者の所得の確保・向上を図るための具体的な施策」を掲げたといふ。
 このうち輸出の促進に関しては、農林水産物・食品の輸出額を令和六年度の一・五兆円から令和十二年度には五兆円にまで拡大するとの目標を設定。その輸出重点品目ごとの内訳を見ると、米・パックご飯・米粉及び米粉製品は、令和六年度の百三十六億円から九百二十二億円へと、約六・七倍となる大幅な増額を目指してゐる。
 をりしも米国・トランプ政権による各国への関税措置が、わが国にも大きな波紋を投げかけてゐる昨今。日米協議の動向、そして水田政策をはじめとする農政の今後の行方を注意深く見守りたい。


 米はわが国における主食であり、とくに我々神社関係者にとっては「斎庭の稲穂の神勅」に起源する天照大神からの賜り物である。もちろん市場原理なども大切なのだらうが、現在の米価高騰の原因の一つに挙げられてゐるやうな投機の対象としては、そぐはないとの見方もできるだらう。
 間もなく多くの地域で田植ゑがおこなはれる新緑の季節を迎へる。米への関心が昂るなか、米が天照大神からの賜り物であること、そして稲作が神々への豊作祈念と収穫感謝といふ先人たちの営みのなかで続けられてきたことを改めて顧み、その尊さを再確認したい。そのためにも大御手振りに倣ひながら、神田でのお田植ゑ祭にともなふ稲作体験など、例年以上に積極的な活動展開に努めたいものである。
令和七年四月二十八日

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