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板葺ではなく茅葺を~大嘗祭を古式で営む象徴行為としての屋根 九州大学大学院教授・文化審議会世界文化遺産部会委員 藤原惠洋

平成31年03月25日付 5面

大嘗宮を仮設にする意味

 本年十一月十四日、十五日に大嘗祭がおこなはれる。新天皇が即位された後に執りおこなはれる御代替りの皇室儀式である新嘗祭を、一代一度の「大嘗祭」と称す。新天皇となられる皇太子が即位後初めておこなふもので、国民の安寧や五穀豊穣を祈願する。臨時に設けられた「大嘗宮」で執りおこなはれる。
 『儀式』(貞観十五年〈八七三〉~十九年〈八七七〉)や『延喜式』(延長五年〈九二七〉)などの古式に従へば、大嘗宮は地鎮祭の後、祭儀のわづか七日前に着工し、五日間以内に造り終へる。竣成後は宮殿に厄災がないやう祈る大殿祭と邪神の侵入を祓ふ御門祭がおこなはれ、「大嘗宮の儀」遂行後はただちに施設が壊去される。建築的にはあくまで仮設構築物を建て、儀礼終了後に解体、撤去されるといふ。残された敷地は更地となるものの、儀礼の残像を残す場は深い余韻を漂はせるに違ひない。
 ところで、ここでいふ仮設とは近年聞き慣れた言葉である。平成七年の阪神淡路大震災、平成二十三年の東日本大震災といった激甚災害のみならず、台風、水害、氾濫、山崩れ等の天変地異に日々の暮らしが襲はれれば、家屋を失った被災者には臨時的な生存の場が必要とされる。そこへ行政が貸与する仮の住宅をさす。
 しかし大嘗宮が仮設として儀礼直前に設営され儀礼後に撤去される真の意味は他にある。短期間だけ必要な仮の殿舎設営、ではなく、新天皇の即位を言祝ぐ神霊の降臨を際立たせ、穢れに触れることを戒めながら、新天皇が生まれ変はる蘇生の瞬間を演出する、とさへ私には思はれるのである。

古式の殿舎様式と材料

 古式に示された造営手法は興味深い。童男童女が松明の明かりで斎場を照らす中、工人が東西二十一丈四尺(約六十五メートル)、南北十五丈(約四十六メートル)を宮地として計測、これを東西同面積に悠紀院(東日本の斎田からの稲穂による祭儀執行の場)、主基院(西日本の斎田からの稲穂による祭儀執行の場)と二分し、それぞれの正殿は、梁間三間、桁行五間、同規模・同様式の悠紀殿、主基殿と称し、南北に切妻棟を伸ばす妻入り配置とする。古くは紫宸殿の南側にこれらは設けられてゐたといふが、その後、敷地を広げ、両殿の北側に東西へ切妻を伸ばした廻立殿を設け、そこで新天皇の潔斎を執りおこなふ。その後、新天皇は悠紀殿、廻立殿、主基殿と順に厳粛な儀式を進める。
 かうした殿舎の材料は、『儀式』「践祚大嘗祭条」では「構ふるに黒木を以ちてし 葺くに青草を以ちてせよ」、『延喜式』にも「凡そ大嘗宮を造らんには、祭に前つこと七日」「構うるに黒木を以てし、葺くに青草を以てせよ」といふ特記が見られ、皮のままの木材を軸組として用ゐ、屋根葺材には青々した茅を用ゐよ、と諒解できる。棟は八本の鰹木で押さへ、悠紀殿は伊勢神宮内宮と同じ内削ぎ、主基殿は同外宮と同じ外削ぎとして千木をそれぞれ伸ばし、筵を張った天井仕上げとした。施設の周りを柴垣で囲み、四方の小門もいたって質素である。

厄災を祓ふ茅の霊力

 家屋の茅葺屋根は東南アジアに見られる。茅はチガヤ、スゲ、カヤツリグサ、ヨシ、アシ、ススキ等の草本の総称。日本起源ではないが、カヤは刈屋を語源とする説もある。熱帯から温帯へ至るモンスーン地帯の茅は撥水性を持ち、高温多湿下の防水や耐水に馴染む。地下茎を這はせ原野に繁殖し極めて生命力が強い。そのため悪霊を追ひ払ふ霊力があると信じられ、茅を祀った草の姫は屋根の神とも称される。現代に伝はる茅の輪くぐりも穢れや厄災を祓ふ行事として知られる。
 先に大嘗宮の「屋根葺材には青々した茅」と示したが、新天皇即位時の神霊との交感では穢れに触れることが厳格に戒められるため、単に日よけ雨よけではなく、茅葺屋根は穢れや厄災を祓ふために重大な役割を果たす。
 一方、本年秋に控へた大嘗祭の事業予算高騰が内外から憂慮される中、大嘗宮の建築費も節約への知恵が求められてゐる。宮内庁は、伝統は損なはず「人件費や資材価格の上昇など社会情勢の変化に応じて見直した」(「日本経済新聞」昨年十二月十九日付)と説明し、会場規模を平成二年の大嘗祭に比べて縮小し、大嘗宮の一部を鉄骨造りのプレハブへ、屋根や柱も安価で調達しやすい素材との検討を展開。儀式の雰囲気を損なふことがないやうに、神前に供へる食事調理の膳屋の外装を筵張り、新穀を保管する斎庫を白帆布張り、と最近示された。
 さらに茅葺きにも費用がかかりすぎる、との指摘から板葺き提案がなされてゐるやうだが、大嘗祭を古式で営む象徴としての殿舎の屋根仕上げは単なる防水機能のためではない。連綿と継続された文化的伝統の維持のため、さらには儀礼を言祝ぐ神霊との呼応媒体を保持するため、さらには厄災を祓ふ茅の霊力発揮のため、これらを合はせて勘案する必要がある。
 絶滅危惧種のやうに茅葺職人を喪失しつつある昨今、今に遺る職人の達者な技能を活かし遂行できる知恵がまだある。本年二月十一日付本紙で安藤邦廣筑波大学名誉教授は優れた提案を示した。曰く、長持ちする真葺ではなく敢へて簡素・低廉な逆葺にすることで仮設ゆゑの大嘗宮への活路を見いだせる。求められてゐるのは経済的な節約効果ばかりではない。茅の霊力を失ふことなく、大嘗祭を古式で営む象徴的施設として現実的に大嘗宮を創出していく建築家の叡智に強く共鳴する。