「へる・える・ゑる」の項で説明したとほりです。「え」と書くのはヤ行の動詞、「ゑ」と書くのは「植ゑる、据ゑる、飢ゑる」の三語のみです。ただ、動詞以外で「ゑ」の表記が少し残ってゐますので、それを次に記します。これも普段は漢字で表記しますから、問題はありません。
こゑ(声) すゑ(末) ちゑ(知恵) つくゑ(机) つゑ(杖) ともゑ(巴) ゆゑ(故)
【語頭のゑ】
ゑ(絵) ゑ(餌) ゑ(会) ゑぐる(抉) ゑふ(酔) ゑむ(笑)
を(尾) を(緒) を(小)
をす(雄) をとこ(男) をっと(夫) ををしい(雄々しい)
をんな(女) をとめ(少女) をさない(幼)…これらは小さい、か弱いの意味があり、小(を)を用ゐる。
をか(岡) をぎ(荻) をけ(桶) をさ(長) をしどり(鳥の名)をとり(囮) をどり(踊) をととし(一昨年) をととひ(一昨日) をり(澱) をろち(大蛇) をかしい をこがましい をさをさ
をる(居…をります) をる(折…~のをりから、をりをり等)
をかす(犯す) をがむ(拝む) をさめる(納、治) をしむ(惜) をしへる(教) をはる(終) をののく
【語中語尾のを】
あを(青) いさを(勲) うを(魚) かをり(香り) さを(棹) とを(十) みさを(操) めをと(夫婦) たをやか しをれる まをす(申) をがは(小川)
「歴史仮名」の代表選手にはハ行の仮名遣ひと、「現代仮名」では抹殺されてしまった「ワ行」の「ゐ」と「ゑ」があります。このうち「ゑ」については説明しましたので、ここでは使用頻度の高い「ゐる」について書きませう。
「歴史仮名」では「イル」と発音するものに「ゐる」と「いる」の二通りの表記法があります。「ゐ」は、「居、為、井」の漢字を仮名書きにしたもので、「〜して居る」の「居る」といふ動詞にこの「ゐる」を用ゐます。ほかに「用ゐる」と「率ゐる」の二語があります(ただし、「用ゐる」は「用ひる」と書く場合もあり、どちらを用ゐても構ひません)。それだけです。ほかに用例はありません。
因みに、「居る」は「オル」とも読みますので、この場合の「オル」もワ行で、「をる」と書きます。「〜してゐます」「〜してをります」はよく出てくる用例ですので、「ゐる」「をる」は「居」といふ字にあたるものだと頭に入れておいてください。
なほ、「〜しておきます」と「〜してをります」をよく間違へる人がゐます。前者は「置きます」で「お」ですので、注意してください。
では、「いる」と書く場合はどれか。「必要」といふ意味の「要(い)る」、「入る」意味の「入(い)る」、それに「射る」、と「煎る」があります。そのほかに語の活用としてでてくるのに「老いる、悔いる、報いる」の三語があります。これも文語で「老ゆ、悔ゆ、報ゆ」とヤ行の動詞だからです。
要するに、「ゐる」は「〜してゐる(ゐます)」と「用ゐる、率ゐる」で、それ以外は「いる」と覚えておけば何でもありません。
ここで要注意。間違ひやすいのが二例あります。一つは「〜していらっしゃる」といふ用語です。「ゐる」の敬語のやうだから「〜してゐらっしゃる」と書きたいのですが、これは「ゐる」の敬語ではなく、文語の「入らせらる」といふ敬語です。ですから、「ゐらっしゃる」は間違ひで、「〜していらっしゃる」と書くのが正しいのです。「いらっしゃいませ」も同じですね。この方が「入らっしゃいませ」だといふ意味であることがよくわかりますね。
もう一つは「いますが如く」といふ用例。これは漢字で書くと「在す・坐す」と表記します。「いらっしゃる」と同義の尊敬語です。
なほ、ここでは「ゐる」と「いる」について述べたのであって、「ゐ」とつく単語についてはほかにもあります。「〜のせゐで」といふのは漢字で「所為」と書きますから、「ゐ」です。「まゐる(参る)」と「くらゐ(位)」はよく遣はれる用例です。そのほか、「ゐど(井戸)」「ゐのしし(猪)」「あぢさゐ(紫陽花)」「くれなゐ(紅)」「ゐなか(田舎)」「とりゐ(鳥居)」「もとゐ(基)」「しほさゐ(潮騒)」等々ありますが、これらはほとんど漢字で表記しますから問題はありません。「せゐ」と「まゐる」「くらゐ」ぐらゐは覚えておきませう。
ここで注意したいのは、「ございます」を「ござゐます」と書く人がゐますが、これは間違ひです。「御座居ます」と漢字で書くことがありますので、「居…ゐ」と考へるわけですが、この漢字表記が当て字で、本来は「ござります」が変化したもので、「ございます」が正しい表記です。